クリプトスポリジウム症における下痢便中の嚢子 (Ziehl-Neelsen抗酸性染色). この原虫の嚢子は抗酸菌染色陽性であり、エイズ患者に致死的な下痢症をきたす。
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医師国家試験対策(病理)

堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.


参考図書:「ゼッタイわかる病理写真の読み方」「Kokutai」(医学教育出版社)2003年12月号もみてね。

Dr. 堤の内緒話 医神アスクレピオスの話 病理画像のみかたのイロハ
染色法の基本と特徴 役に立つミニ知識  

  医師国家試験に毎年相当数の病理画像が提示される。病理画像は、心電図、胸部エックス線、CT・MRI画像等と異なって、ふだん見慣れないために、多くの受験生にとってもっともわかりにくい分野のひとつとなっていることは否めない事実だ。いいかえれば、専門性が高い(通常の医師があまりわかっていない)領域といえる。病理画像が症例提示の単なる飾り程度ですんでいるなら許されようが、実際は病理画像が解答の決め手になるような出題も少なくない。著者は国試のたびに、受験生に心から同情している。
  「画像」は形でものを判断するため、いったん納得できれば、かえってわかりやすい側面を有している。おっ、病理もけっこう面白そうじゃないか!と思って、将来病理診断をめざす人材の確保につながればいいなどと、「捕らぬ狸」を勝手に決め込んでいる病理医がここにいる。

Dr. 堤の内緒話
 珍問・奇問、つまり悪問を少し紹介しよう。まず、だいぶ以前の看護師国家試験から。結腸癌で最も頻度の高い部位は?(直腸、S状結腸、下行結腸、盲腸:看護師国試は4択)。大腸は盲腸、結腸、直腸の3部位からなるはずだ。次は、大昔の医師国家試験より。以下のうち、最も頻度が低いのはどれか?卵管癌と子宮平滑筋肉腫が残ったが、はて、どちらがまれだろう?そのことに何か意味があるの?いつどこのデータで物言えばいいの?つい最近の医師国家試験で出題された病理画像を含む問題に、肺のリンパ管筋腫症(LAM)とびまん性汎細気管支炎(DPB)があった。長いこと病理医をやっているが、LAMは2例、DPBの生検は経験なしである。そんな疾患を出題してどうするの?

 前々回の医師国家試験に、臨床的に典型的な連鎖球菌感染後急性糸球体腎炎の光顕所見とIgGの蛍光染色が出題された。これがいかに非常識かおわかりか?小児の典型的なAGNが腎生検されることはない。必要がないからだ。よほどの非定型例でない限り生検の適応でないことに気づいた受験生はどれほどいただろう?AGNの診断に腎生検が必須であると勘違いされて迷惑なのは患者さんだ。特発性血小板減少症と悪性貧血も同様だ。臨床所見と血清検査(抗血小板抗体、ビタミンB12の測定)で診断が確定されるので、痛い骨髄穿刺をする必要がないし、してはならない。骨髄異形成症候群との鑑別を要する非定型例なら話は別だがーー。

 ワンポイントアドバイス:HE染色による診断は難しい。パターン認識が基本だが、所見があまりに多様なため、頭から覚えようとしてもむなしい。前回出題されたカルチノイド腫瘍について。卒後5年以上の経験を受験資格とする病理専門医試験(顕微鏡標本を使う実地試験)に肺カルチノイドの標本が出題されると、その正解率は5割に達しない。5年のトレーニング期間中に肺カルチノイドに遭遇するチャンスが少ないためだ。出題形式こそ異なるものの、病理画像の正しい認識がそれほど難しい証拠といえる。医師国家試験で重要なのは、HE染色よりむしろMay-Giemsa染色とGram染色である。とはいえ、症例18のノカルジア症の診断はかなり難しい。以前、エイズ患者の日和見感染症としてのノカルジア肺炎が出題されたが、選択肢は、ノカルジア、クリプトコッカス、ニューモシスティス・カリニ、CMV、大腸菌。つまり、菌糸状に増殖する日和見病原体はどれかを問う基礎的出題だった。問題を解く際に、出題者の出題意図に思いを馳せると正解がみえてくる。


医神アスクレピオスの話

  ギリシャ神話に登場する医神アスクレピオスAsklepiusにまつわる興味ある話を紹介しよう。西洋医学のシンボルとしてWHOのロゴマークに使われているのは「アスクレピオスの杖」だ(図1)。一匹の蛇がまとわりついた糸杉(サイプレス)製の杖は、WHOにとどまらず、多くの医科大学や山岳救助隊のロゴマークに採用されている。

 蛇は、その脱皮する能力ゆえに、古来若返りや不老の象徴とされてきた。S字にくねって進む姿が蛇行する河の流れを、さらには水によるさまざまな奇跡の癒しを連想させ、"癒し"のシンボルとなった。交尾時間の著しく長い蛇はまた、精力の象徴ともなっている。だから、アスクレピオスの杖の蛇は医療を象徴している、と説明される。

 アスクレピオスの叔父にあたる商業の神、ヘルメスがもっていたケーリュケイオンという金の杖と「アスクレピオスの杖」とがときに混線する。「ヘルメスの杖」は、翼をもつ二匹の蛇が対象的に絡み合った杖である。通信、商業、交通、平和のシンボルであり、いくつかの商業高校や一橋大学の校章に利用されている。平和のために働くアメリカ陸軍軍医部のシンボルにも「ヘルメスの杖」が使われた(1902年)ことが、蛇杖使用の混乱に拍車をかけたようだ。事実、ハワイ大学医学部や防衛医科大学校では、二匹の蛇が対象性に絡みついた杖が校章にデザインされている。誤解に基づく混同だろう。

 ちなみに、アスクレピオスの娘で、アポロンの孫にあたるヒギエイアHygieia(健康の意で、衛生学hygieneの語源:英語読みはハイジアHygeia)は、"聖蛇"を飼育する役目を与えられていた。健康の女神ヒギエイアが聖蛇に餌を与えるときの杯は「ヒギエイアの杯」と称され、薬学や国際女医会のシンボルとなっている。

 なぜ医神のシンボルが蛇なのか。上の説明は正しいのだろうか。Encyclopaedia Britanica社の1992年版"Medical and Health Annual"の"Guinea worm, the end in sight"に興味ある記載がある。まず、WHOが天然痘に続く第2の撲滅対象に指定している疾患、「ギネア虫症あるいはメジナ虫症」とよばれる寄生虫症を説明しよう(この撲滅運動は、元アメリカ大統領、ジミー・カーター氏が主催するカーターセンターが中心となっている)。本症はインド・パキスタンから駆逐されたものの、西アフリカ地方を中心に現在でもアフリカ大陸にしぶとく生き残っている。

 長さ60〜90センチに及ぶこの大型線虫(ギネア虫=メジナ虫)は、水溜りにすむ中間宿主であるミジンコごと水を飲むことでヒトへ感染する。感染からちょうど1年後に成長したメスの成虫が足に顔をだし、猛烈な(火を吹くような)痛みをもたらす。患者は痛みをとるために患部を水で冷やす。そして、そのときに産卵が行われる。こうして、水道や井戸のないアフリカの熱帯地方で、単純な生活環が成立する。成虫は1ヶ月以上をかけてゆっくりと皮膚からせりだしてくる。水の豊富な農業収穫期にあたるその時期に、多くの働き手が奪われることになるため、経済的観点からも本症の撲滅が切望されている。本疾患は、疾患自体に関する住民教育と水を濾過するための布類配布で予防対策が可能なのだ。

 この疾患は古く、紀元前15世紀のエジプトにすでに記載がある。紀元前10世紀のエジプトミイラの脚に石灰化した虫がみつかっている。紀元前12〜13世紀、モーゼの一行が紅海周辺を旅したときに「火を吹く蛇fiery serpents」に襲われたことが、旧約聖書に記述されている。当時、中東地域はギネア虫症、いやメジナ虫症の汚染地域だった(メジナはアラビア、イスラム教の聖地)! この虫(蛇)を棒に巻きつけてゆっくりととりだすのが当時の医師の重要な役目だったのだそうだ。もし、途中でちぎれてしまうと重篤な二次感染を生じ、不具状態になってしまう危険が高かった。

 そう、メジナの町に巣食う虫、「火を吹く蛇」を退治することは最高級の医療だった。アスクレピオス氏はきっと、メジナ虫退治の神がかった名人だった可能性が高い。


病理画像のみかたのイロハ:
 病理画像をみるにあたってまず大切なのは、臨床所見の十分な把握である。臨床像を無視した病理画像の一人歩きは危険だし、臨床所見にあわない病理画像にであったときは、逆に「検体の取り違え」を考えねばならないことさえある。年齢、性別、部位によって、同じ顕微鏡所見でも病理診断が変わることもある。

 顕微鏡標本をつくるためには、まず肉眼所見を観察・解釈し、病変部と非病変部を含む標本の適切なサンプリングが必須事項である。したがって、もっとも基本となるのは肉眼所見のみかたである。正確に肉眼所見を捉えることは、臨床医にとってもきわめて重要なポイントである。病理画像を顕微鏡下でみる際には、まず低倍率における全体像あるいは背景所見の把握が肝腎である。今回提示するのは、高倍率の顕微鏡画像が主体だが、その前に肉眼所見、低倍率顕微鏡所見の解釈があってはじめて提示された所見にいたることをぜひとも意識しておいてほしい。


染色法の基本と特徴
1)ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色
  HE染色は塩基性色素であるヘマトキシリンと酸性色素のエオジンによる二重染色であり、組織標本に対する染色法の基本中の基本となっている。

 ヘマトキシリン(溶液のpH:2.5付近)は、酸性溶液中でもマイナス荷電を示す酸性化学物質に結合する。細胞内で強くマイナスに荷電する酸の代表は、リン酸基を有する核酸(DNA)であるため、核が選択的に青紫色に染色される。細胞質にRNA、すなわちリボゾームが多い細胞、たとえば形質細胞では、細胞質が青っぽく染色される。未分化なため比較的リボゾームの多い癌細胞では、正常細胞に比べて細胞質が青色調に染色されることが多い。分泌顆粒が酸性に荷電する下垂体好塩基性細胞(ACTH産生性および性腺刺激ホルモン産生性)や肥満細胞(ヘパリン含有)も細胞質が青紫調に染色される。硫酸基を有する酸性ムコ多糖(コンドロイチン硫酸)成分の多い軟骨基質も青紫調に染まる。

 一方、エオジンはプラス荷電を有する成分をピンク色に染色する。この場合、酢酸を添加されたエオジン染色液のpHが3付近であることがポイントとなる。この条件では、蛋白質がプラスに荷電する。いいかえれば、蛋白質が濃縮された構造物(とくに塩基性アミノ酸成分が多い場合)に赤味が強い。膠原線維、筋原線維の豊富な筋肉、フィブリン塊、ヘモグロビンが充満する赤血球が代表格だが、細胞質は一般にピンク色に染色される。ミトコンドリアの多い細胞(胃粘膜壁細胞、近位尿細管や肝細胞)や塩基性(プラス)に荷電する顆粒を有する細胞(好酸球、Paneth細胞や下垂体好酸性=GH産生細胞)の好酸性は特徴的である。

2)パパニコロウ染色とギムザ染色

図2

  パパニコロウ(pap)染色とギムザ(Giemsa)染色は細胞診検査に欠かせない染色法である。ギムザ染色(とくにMay-Giemsa染色)は血液、骨髄液の染色法として広く用いられている。Pap染色にはエタノールによる湿固定(生乾きのうちに素早くアルコールに浸漬する)が必須である一方、ギムザ染色では塗抹後標本をよく乾燥することが求められる。染色液がメタノール溶液であるため、乾燥固定された細胞は染色液中でメタノール固定される。Pap染色に比べて、風乾されたギムザ染色上の細胞は倍程度に大きく広がっているのが大きな特徴である(細胞の大きさは、pap染色が落とし卵であるのに対して、ギムザ染色は目玉焼きとみなせばわかりやすい:図2)。

  
Pap染色は美しい染色法で、ヘマトキシリンで核が青紫に、ライトグリーンで細胞質が緑色に染め分けられる。角化細胞の細胞質はオレンジ色に染まる。ギムザ染色は血液細胞の同定になくてはならない染色法で、細胞質の好酸性・好塩基性が明瞭に識別され、細胞質内顆粒が同定される。また、細菌類の同定にも向いている(ピロリ菌の証明に胃生検組織で多用される)。


3)PAS染色とPAM染色

  PAS (periodic acid-Schiff)染色とPAM (periodic acid methenamine silver)染色は、ともに過ヨウ素酸(periodic acid)で糖鎖を特異的に酸化し、糖鎖構造の存在を証明する染色法である。過ヨウ素酸は糖鎖の保有するvicinal diol基(隣り合った炭素原子に水酸基が並ぶ構造)を酸化・解離して、アルデヒド基をつくる(ただし、カルボキシル基までは酸化しない)。このアルデヒド構造をSchiff反応(アルデヒドと塩基の間に形成される:有機化学を思い出してほしい!)で染めだすのがPAS染色である。グリコーゲン、粘液、基底膜などが紫がかった赤色(magenta色と表現される)を呈する。糖蛋白の塊である膠原線維も薄く染色される。アミラーゼで前処理するとグリコーゲンのPAS陽性反応は消失するが、他の糖鎖構造は全く影響されない。PAM染色は腎糸球体基底膜に特化した染色法(腎生検に必須)で、銀の沈着により基底膜が黒く染色される。

4)その他の染色

  Gram染色はグラム陽性菌を青く染色する。Grocott染色は真菌類、ニューモシスティス・カリニや放線菌・ノカルジアを黒く染色する。Ziehl-Neelsen(抗酸性)染色は、抗酸菌を赤く染色する。ノカルジアも弱抗酸性を示す。Grimelius(好銀性)染色は内分泌顆粒を黒く染色する。Alcian blue染色は酸性粘液およびムコ多糖類を青く染色する。Azan染色は膠原線維を青く、筋線維を赤く染め分ける。Elastica van Gieson (EVG)染色は膠原線維を赤く、筋線維を黄色く、弾性線維を黒く染め分ける。Congo red染色ではアミロイド線維が赤く染色され、偏光顕微鏡観察で黄緑色調に輝いてみえる。鉄染色(Berlin blue染色)は、三価の鉄(すなわち、組織に沈着した血鉄素=ヘモジデリン)を青色に染める。二価の鉄(赤血球中のヘモグロビンや横紋筋のミオグロビンなど)には反応しない。Oil red O脂肪染色は中性脂肪を赤く染色する。Sudan black B染色は脂肪を黒く染色する脂肪染色だが、血液学分野では、骨髄系細胞マーカーとしてペルオキシダーゼ染色と並んで用いられる。

 ペルオキシダーゼ活性染色では過酸化水素(基質)を水と活性酸素に分解する能力のある細胞(顆粒球と一部のマクロファージ)を褐色(あるいは青色)に着色させる。ヘモグロビンに偽ペルオキシダーゼ活性があるため、赤血球も陽性に染色される。エステラーゼ染色はエステル結合の分解活性を有するライソゾーム酵素の証明法で、基質特異性を利用して、好中球(naphthol ASD chloroacetate esterase)と単球(α-naphthyl butyrate esterase)が識別される。通常、エステラーゼ二重染色が行われる。アルカリホスファターゼ(ALP)活性染色は、血液分野では好中球のNAPスコアの算定に用いられるが、ALP活性を有する血管内皮細胞、骨芽細胞、小腸上皮、胆道系上皮、腎尿細管、胎盤絨毛、一部のリンパ球(暗殻細胞)も陽性となる。酸ホスファターゼ(AcP)、β-glucuronidase、乳酸脱水素酵素(LDH)などのさまざまな酵素活性を検出することも可能である。こうした酵素活性の証明法は、酵素組織化学と総称されている。

 免疫組織化学(蛍光抗体法、酵素抗体法)では、特異抗体に蛍光色素や酵素を標識し、標的抗原の局在を特異的に可視化する方法論である。腎糸球体や皮膚では蛍光抗体法による免疫グロブリンや補体の沈着が検討される。組織・細胞の特異マーカーや腫瘍マーカーに対する抗体を利用する酵素抗体法は、今や正確な病理診断(鑑別診断:良性か悪性か、上皮性か非上皮性か、T細胞性かB細胞性か、原発巣推定、悪性度の確定、ホルモン産生能などなど)になくてはならない武器となっている。現在では、多様な抗原物質の組織・細胞内局在の観察が可能である。


役に立つミニ知識
1) 核クロマチンの意義
 ギムザ染色による血球の識別では、核クロマチン構造の読みとその意味づけが重要なポイントとなる。言うまでもなく、クロマチンは核内DNAの状態を反映する。ごりごりと染まる粗剛なクロマチンは通常、核膜に接してめだち、ヘテロクロマチンheterochromatinとよばれる。一方、繊細なクロマチン網はユークロマチンeuchromatinと称される。強く凝集する前者はmRNAへの読みとりが行われていない不活化されたクロマチンを反映し、後者はmRNAへの転写が活発な状態を示している。

 いいかえれば、より分化した(増殖しない)細胞ほどクロマチンが粗剛となる一方、増殖の盛んな芽球では繊細なクロマチンを保有する。分化細胞の代表は分葉核球や形質細胞である。免疫グロブリン産生に特化した形質細胞では、クロマチンが車軸状を示す(不必要なDNAが大量に凝集する)のが大きな特徴である。芽球では、ヘモグロビン産生が主体の赤芽球は、白血球系に比してヘテロクロマチンがめだつ。リンパ芽球と骨髄芽球は、ともにヘテロクロマチンはめだたないが、リンパ系の方がクロマチン構造が密にみえる点が鑑別点となる。

 癌細胞については以下の特徴がある(主としてpap染色で判定される)。一般に、腺癌細胞は核膜に沿った部位(核縁)にヘテロクロマチンが凝集する。扁平上皮癌ではヘテロクロマチンが不規則に著しく増量し、濃く染色される。癌細胞ではDNA量が正常細胞の2n(diploid)から偏倚して、polyploid(2nの倍数)ないしheteroploid(3n, 5nなどの異常状態)となることが多い。そのために、核の肥大・不整化とクロマチンの増量は癌細胞の一般的な特徴となっている。

 また、ヘテロクロマチンの少ない未熟細胞(芽球)や腺癌細胞では、核小体がめだつ。核小体はリボゾームRNAの産生部位である。したがって、核小体のめだつ細胞では細胞質に多量のリボゾームが分布し、細胞質が好塩基性を呈するのが特徴である。

2) リンパ節の構造
 リンパ節や扁桃といったリンパ装置では、T細胞、B細胞、形質細胞、マクロファージなどがきちんとすみ分けをしている。おおざっぱに書くと図3のようになる。悪性リンパ腫でも、この正常のパターンをよく模倣するように腫瘍細胞が分布することが多い。濾胞性リンパ腫や低悪性度T細胞性リンパ腫などがその代表例である。

 リンパ節の胚中心B細胞(centroblast)はcleaved nucleiとよばれるねじりパン様の独特の核形態を示すのが特徴であり(図4)、この形態所見は濾胞性リンパ腫でもよく保たれている。一方、T細胞性リンパ腫の核はしばしば脳回転様、梅干し様、ないし花びら状を呈し、convoluted nucleiと称される。核全体としては丸い印象を受けるが、よくみると複雑な切れ込みが入っている。

図3
図4

3) 糸球体の構造
  正常糸球体の構造をまず頭に入れてほしい(図5)。上皮細胞(足突起細胞)、内皮細胞、メサンギウム細胞、基底膜、メサンギウム基質の位置関係がイメージできないと、糸球体病変の成り立ちが理解できない。ついでに、血管極と尿細管極のオリエンテーションもつけてほしい。逆に、この点が納得できれば、IgA腎症、膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎といった糸球体病変がすっきりと理解できよう。より詳しくは、拙著「ゼッタイわかる病理写真の読み方」(医学教育出版社、174ページ)を参照してほしい。

図5  
BM
基底膜 (メサンギウム側には存在しない)
En
内皮細胞 (有窓性細胞質をもつ)
Ep
上皮細胞 (足突起を出す:増殖能なし)
M
メサンギウム細胞 (mesangial cell)
メサンギウム基質は基底膜と同じ染色性を示す
L
毛細血管腔
U
Bowman腔 (尿路腔)

 

 

 

 

 

 







4)病原体と感染防御

@ 細胞外寄生性で、好中球が感染防御の主役となる病原体(膿瘍形成):
化膿菌、腸内細菌、嫌気性菌、放線菌、アスペルギルス、カンジダ(深在性)
A 細胞外寄生性で、好酸球浸潤を示す病原体(好酸球性蜂窩織炎・膿瘍):
蠕虫(とくに線虫、吸虫)
B 液性抗体が感染防御の主役となる病原体:
莢膜形成菌(髄膜炎菌、インフルエンザ菌、肺炎球菌など)による髄膜炎、単純ヘルペスウイルス、発疹性疾患の原因ウイルスの多く
C 細胞内寄生性で、マクロファージ・Tリンパ球(細胞性免疫)が感染防御の主役となる病原体(肉芽腫形成):
結核、らい、梅毒(第3期)、腸チフス、クリプトコッカス、ヒストプラズマ、トキソプラズマ、リーシュマニア
D 細胞内寄生性で、Tリンパ球が感染防御の主役となる病原体(非肉芽腫性リンパ球浸潤):
肝炎ウイルスを含む多くのウイルス(一部、封入体形成あり)、梅毒(1、2期)、リケッチア
E 非特異的異物反応を引き起こす(生体の特異的免疫反応を惹起しない)病原体:
住血吸虫卵、有鉤嚢虫、アニサキス(初感染)
F 不顕性感染を生じる病原体(組織学的に正常):
ヘルペスウイルス属、ポリオーマウイルス属、B型肝炎ウイルス(すりガラス状肝細胞あり)

  好中球が感染防御の主役となる感染症(@:たとえばアスペルギルス症)はエイズやステロイド投与でリスクがとくに高まるわけではない(エイズでは好中球機能は正常、ステロイドは好中球増多を伴う)。エイズで怖いのはC、Dの細胞性免疫が感染防御の主役となる病原体である。例外は粘膜カンジダ症で、エイズの初発症状となることが多い。

 骨髄抑制では好中球減少による化膿菌感染や菌糸産生を示す真菌の感染(@)が生じやすい。再生不良性貧血でC、Dのリスクが高まるわけではない。

 骨髄移植(造血幹細胞移植)後の感染症では、輸注幹細胞生着前の無顆粒球症期では化膿菌や単純ヘルペスウイルス、骨髄生着後はサイトメガロウイルス、帯状疱疹ウイルス、アデノウイルスなど(D)、数ヶ月後(Tリンパ球回復後)以降には莢膜形成菌による感染のリスクが高まる。

 ゆめゆめ、「免疫不全」ということばで、一くくりにしたりごちゃまぜにしたりしないでね!

5) 病原体の感染経路
  病原体の感染経路には、経口感染、経皮感染、経気道感染、経胎盤感染、産道感染、輸血・切創事故による感染といった感染ルートによる分類、内因性感染と外因性感染にわける考え方のほか、感染防止対策の側面からみた感染経路(下記)の分類がある。
@ 空気感染(飛沫蒸発物=飛沫核による感染で、空気の流れにのって拡散する)
A 飛沫感染(咳やくしゃみのしぶきは1 m以内に落下する)
B 接触感染
C 一般担体(汚染された食品、水、器具など)を介する感染
D 病原菌媒介生物(カ、ハエ、ネズミなど)による感染

  空気感染 airborne transmission と飛沫感染 droplet transmission の区別を厳密に理解してほしい。飛沫から水分が蒸発して残った飛沫核 droplet nuclei にはごく少数の病原体しか含まれない。空気感染が成立するためには、乾燥に強いことと少数の病原体で感染が成立する(感染力が強い)という2つの条件をクリアすることが必要となる。多くの細菌やウイルスは乾燥状態で死滅する。MRSAは乾燥に強いが、少数の菌では感染が成立しない。出血熱ウイルスは少数でも感染を生じる可能性があるが、乾燥状態に弱い。結局、空気感染を生じる病原体は、結核菌、麻疹ウイルス、水痘ウイルスの3つだけと考えてよい(レジオネラの一次感染を加える場合もある)。小児白血病病棟に小児のお見舞い禁止にする理由がおわかりいただけたかな?麻疹や水痘は潜伏期間に多量のウイルスを排出する。水痘ウイルスは白血病の「にっくき敵」とみなすべきである!

 接触感染による院内感染の王者はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)である。手洗いと手指消毒が必須であることはいうまでもない。正しい手洗いは、半袖の白衣と腕時計や指輪禁止が大原則であることを決してお忘れなきよう!とはいえ、病棟でいつもいつも手洗いを励行することはなかなかむずかしい(手洗い場のない病室が少なくない)。携帯できる手指消毒用アルコール製品が普及してきている。「MRSAは抗生物質の使いすぎが原因なので、病棟にいるのはしかたがない」などとうそぶいて、手洗いや手指消毒の励行を怠たることのないよう頼みますぞ!
  皆さん、MRSAの接触感染防止において手洗いや手指消毒以上に大切な点があるのをご存じかな?ユニバーサルプレコーション(スタンダードプレコーション)の考え方に基づいて、病棟では自分の顔(とくに鼻)に触らない(肩から上に手をあげない)ことが肝要なのだ。鼻前庭部は適当な湿り気と毛嚢があるため、MRSAが定着しやすい(無症候性キャリア化)。鼻は無意識に触ることの多い部位だ。いくら手を洗っても、そのあとで自分の鼻を触ってしまったら、患者さんにMRSAをすりつけているようなものだ。鼻にMRSAがいるかどうかを調べる必要はない。あなたの鼻にはMRSAがいるものとみなすべきなのですよ。病棟で顔を触っている同僚がいたら注意しあおう!触ってしまったら、即手洗い。ふだんからの習慣づけが、あなたの大切な患者さんをMRSAから守る。

ユニバーサルプレコーション(スタンダードプレコーション)の考え方
  血液をみたら肝炎ウイルスやHIVがいると思え。
  喀痰をみたら結核菌がいると思え。
  便をみたらO-157がいると思え。
  顔を触ったらMRSAが指についたと思え。

 

 




  
   内因性感染症と外因性感染症の区別も感染防止対策の視点から重要だ。欧米では、造血幹細胞移植による白血病治療にもはや無菌室は使われていない。スリッパに履き替えること、帽子やマスクをつけて診察することや食事を無菌化することに意味はない。なぜなら、骨髄移植後に生じる感染症の大部分は内因性感染症(カンジダ、腸内細菌、ヘルペス属ウイルスなど)であり、上のような対策をいくら行ってもこれら感染症を防げないからである。外因性感染症としてもっとも恐れられているのはアスペルギルスである。フィルターで清浄化したクリーンな空気が送られる陽圧室の構造は重要である。アスペルギルスの付着している可能性のある切り花は当然ながら禁止である。身体を清潔に保つこと(入浴、手洗い、うがい)の患者・家族教育が重要である。患者(しばしば小児)を密室たる無菌室に閉じこめることに伴う精神的ストレスは決して少なくない。

6)細胞増殖とアポトーシス
 血清蛋白の上昇機序を考えるとき、産生の亢進(慢性炎症、骨髄腫)とともに分解の低下(肝硬変)を念頭におかねばならないのは常識だ。癌の増殖を考えるときも、癌遺伝子の活性化による増殖の亢進とともに、癌抑制遺伝子の不活化によるアポトーシスの抑制を考えることが必要だ。癌細胞は必ずしも正常細胞より増殖速度が速いわけではない!

 急性白血病細胞や粘膜内胃癌細胞の増殖は、正常細胞のそれよりずっとゆっくりであることが証明されている。胃粘膜の中で1個の癌細胞が出現してから臨床癌にいたるまでに、平均16年もの年月を要すると計算されている。つまり、これら腫瘍細胞が育ってゆくわけは、増殖亢進よりはアポトーシス抑制が効いているのだ。一方、受精卵の増殖は癌細胞よりもずっと速い。何せ、1個の受精卵が3キロの新生児に育つのに10ヶ月弱しかかからないのだから。こんなに増殖の速い癌細胞にはであったことがないほど驚異的なスピードだ。

 正常細胞でも腫瘍細胞でも、増殖速度とアポトーシスの頻度はほぼ平行する。増殖の盛んな癌組織では、必ずアポトーシスがめだつ。その代表例がBurkittリンパ腫にみられるstarry sky appearanceだろう。正常組織では、小児の胸腺皮質やリンパ節胚中心がいい例だ。多数の核分裂像とともにアポトーシス小体が容易にみいだされる。表皮や腸粘膜上皮では、細胞増殖とアポトーシスの速度は厳密に等しく保たれている。正常の腸粘膜で、もしアポトーシスが抑えられたら粘膜はたちまち著しい過形成に陥ってしまう。皮膚なら表皮肥厚を示す病変へと変身するだろう。

 表皮や腸粘膜では、しかし、細胞増殖の場とアポトーシスの場は異なっている。表皮細胞は傍基底層で新生し、角質層で死んでゆく。小腸粘膜上皮は陰窩で新生し、絨毛先端部でアポトーシスに陥る。いったいこれは、どのようにして調整されているのだろうか。

 ここで登場するのが胸腺外分化T細胞extrathymic T-cellだ。表皮や腸粘膜(上皮細胞間)に多いこのリンパ球は、胸腺皮質でのclonal selectionが行われないため、「自己反応性」が特徴である。CD8、CD56陽性で、perforinやgranzymeといった物質を分泌してキラー活性を示す。γδ型T細胞受容体を発現するのはこのタイプの細胞だ。寿命のきた上皮細胞にアポトーシスの命令を下す司令塔がこの胸腺外分化T細胞である可能性が論じられている。この胸腺外分化T細胞の起源は胸腺を通るT細胞より古い。「免疫」とはもともと、自己を認識することから始まったと考えれば納得がゆく。自己が認識できれば、非自己の認識も容易だ。進化の過程で、非自己を認識するために特殊分化した臓器=胸腺ができあがったと考えればよい。自己を認識して、細胞の数を調節することは個体の保持、ホメオスタシスの維持に必須のことがらだ。

 抗核抗体検査では、40倍陰性、160倍陽性などと表現される。40倍陰性とは、40倍希釈された血清で動物の肝細胞を間接蛍光抗体法で染めると核が光るが、80倍希釈すると陰性になるということである。よく考えれば、40倍希釈までは核に反応する抗核抗体が生理的に存在することを意味している!著者は、これら自己反応性抗体は死んだ自己細胞の処理に役立っているに違いないと信じている。ちなみに、自己抗体を産生するB細胞はB1細胞とよばれ、リンパ装置の胚中心を通らないで形質細胞に分化する古い系統のB細胞とされている。多発性骨髄腫や慢性リンパ性白血病の腫瘍細胞はこの系統の細胞の腫瘍化である可能性が高い。

 胸腺外分化T細胞の多い臓器には、表皮、腸粘膜のほか、肝臓(Disse腔)と妊娠時の脱落膜が知られている。脱落膜に分布する自己反応性T細胞は、分娩後の後産(胎盤の剥離)に貢献している。表皮、腸、肝はgraft-versus-host reaction (GVHD)の標的臓器だ。胸腺外分化T細胞は骨髄にはほとんどいない(造血幹細胞からは分化せず、局所で自己複製している可能性が論じられている)。GVHDの発生機序に胸腺外分化T細胞が大きく関与していることは間違いなかろう。

8)細胞増殖からみた3種の細胞群
  細胞増殖のパターンからみて、生体を形づくる細胞を3種類に分類することができる。常に増殖をくりかえしているrenewing cell、ふだんは増殖しないが刺激が加わると増殖できるstabilized cell、そして増殖能を欠くstable cellの3種である。Renewing cellには、骨髄造血細胞、リンパ装置胚中心、胸腺皮質、表皮、毛嚢、胃腸粘膜、精粗細胞および癌細胞があげられる。Stable cellとしては、神経細胞、卵細胞、横紋筋細胞、糸球体足細胞があげられる。Stabilized cellには、線維芽細胞、血管内皮細胞、脂肪細胞、神経膠細胞、肝細胞、尿細管上皮細胞など、他の多くの細胞が含まれる。上述したごとく、renewing cellにはアポトーシスの随伴が必須だ。一方、stable cellはアポトーシスがおこらないように調節されているし、そうでないと困る。そう、神経細胞のアポトーシスと癌細胞のアポトーシスを同列に論じてはならない。

9)胃底腺の特殊な細胞動態:抜きつ抜かれつ方式
 胃底腺は他の腺組織にない特殊な細胞動態を示す。被覆上皮と胃底腺の境界部に分布する細胞増殖帯の幹細胞から、表面に向かって被覆上皮、下方に向かって胃底腺が分化する。胃底腺では、粘液を保有する副細胞mucous neck cellが増殖帯付近に、ペプシノゲンを産生する主細胞chief cellが胃底腺の深部に、胃酸を分泌する壁細胞parietal cellは両者の中間層に密に分布する。つまり、細胞の移動速度は、副細胞、壁細胞、主細胞の順に早くなる。言いかえれば、主細胞は壁細胞を追い抜いて下方へと移動してゆくのだ。この移動方式、「抜きつ抜かれつ方式stochastic flow system」は胃底腺に固有である。他の上皮組織(たとえば、被覆上皮、幽門腺や小腸絨毛)では、円柱上皮同士の接着が密で、生まれた順番にしたがってアポトーシスに陥ってゆく(パイプライン方式とよばれる)。胃底腺細胞の細胞接着は緩く、電子顕微鏡的にも細胞接着装置の発達が悪い。

 この弱い細胞接着性は、胃底腺粘膜から発生する印環細胞癌signet ring cell carcinomaによくひきつがれている。印環細胞癌は壁細胞や主細胞にこそ分化しないが、細胞同士がバラバラになりやすい胃底腺の特徴をよく再現している。たしかに、印環細胞癌の形態所見は胃癌以外ではめったに遭遇しない(ちなみに、腫瘍性円柱上皮の接着性がいい場合には、分化型腺癌の所見を示す)。納得してもらえたかな?

10)小腸絨毛の血流と細胞機能
  小腸の粘膜固有層には、よく発達した毛細血管網が認められる。毛細血管の断面積の総和を計算すると、細胞増殖の盛んな陰窩の血流は意外に乏しく、絨毛部に血流が豊富であることがわかる。組織圧と血管内圧を粘膜の位置との関連において模式化すると、図6のようになる。陰窩部では血管内圧が組織圧より高く、液体の流れは血管内から血管外へ向かう。絨毛部では、血管内圧が組織圧より低くなるため、液体の流れは血管内の方向に向かう。つまり、陰窩部では分泌に適した組織環境にあるのに対して、絨毛部は吸収に適している。事実、陰窩部からは分泌型IgAやリゾチーム(Paneth細胞が産生)の分泌が盛んである。絨毛部では、よく発達した刷子縁(微絨毛)から栄養分の吸収が盛んに行われている。

図6
図7

11)絨毛状(乳頭状)構造をとる上皮性組織
 正常の小腸粘膜は、陰窩と絨毛の2つの構造よりなっている。ためしに、これらの構造を水平断してみると興味深いことがわかる(図7)。陰窩では、周囲を間質でとりかこまれた管状構造を示し、内腔面に円柱上皮の刷子縁、外側(間質側)に基底膜が観察される。一方、絨毛部では、円柱上皮細胞が間質をとりかこみ、刷子縁が外側を、基底膜が内側を覆っている。つまり、上皮細胞の極性が完全に逆転しているのだ。よく考えてみると、絨毛状構造を示す正常の上皮性(様)組織は例外的である。小腸絨毛のほか、卵管采、胎盤、脈絡膜、ブドウ膜くらいだろう。多くの腺上皮は、陰窩と同じ管状構造を示す。大部分の腺組織にみられるこの構造では、間質が上皮細胞をコントロールしやすい。間質が上皮細胞のエントロピーの増大を阻止しているようにみえる(絨毛構造をとる上皮細胞は自由空間に面しており、自由度が高い)。一般に、円柱上皮細胞がいったん腫瘍化すると、乳頭状配列をとりやすい。消化管の腺癌の多くがその傾向を示す。大腸の腺腫でも絨毛状腺腫はより悪性化しやすい。もっとも典型的な例が、甲状腺にみられる。正常甲状腺では濾胞構造が明瞭だが、濾胞上皮がいったん癌化すると、乳頭癌になりやすい。

 ちなみに、正常小腸の陰窩を構成する細胞はモノクローナリティーを示す。つまり、陰窩細胞はひとつの幹細胞から発生する。腫瘍細胞と同様の現象だ。モノクローナルな増殖は、何も腫瘍細胞の特権ではない! 小腸は増殖速度も速い。絨毛状構造をとることとあわせ、小腸の上皮細胞は癌細胞と多くの共通点をもっているとはいえないだろうか。小腸に癌が少ない理由のヒントになるかもしれない。

12)ウイルス性封入体

図8


  ウイルス感染細胞の形態学的指標に封入体inclusion body の形成があげられる。封入体の本態はウイルス粒子の集簇である。一般に、DNAウイルスは核内封入体をつくりやすく、RNAウイルスは細胞質内封入体をつくりやすい(図8)。これは、ウイルス複製の場を考えれば、当然の結果である。核内封入体をつくるDNAウイルスの代表例は、ヘルペスウイルス属(単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルス)、アデノウイルス属、パポバウイルス属(パピローマウイルス、ポリオーマウイルス)、パルボウイルス属である。一方、細胞質内封入体をつくるRNAウイルスには、狂犬病ウイルス (Negri小体)、エボラ出血熱ウイルスがあげられる。

 この原則に対する例外には注意したい。麻疹ウイルスはRNAウイルスだが、多核化した感染細胞に例外的に核内封入体が形成される。同じパラミクソウイルス属でもRSウイルスは麻疹類似の多核巨細胞を形成するが、核内封入体はつくらない。伝染性軟属腫ウイルスを代表例とするポックスウイルスは大型DNAウイルスだが、細胞質内にみごとな封入体を形成する。HBs抗原陽性細胞の一部は、感染肝細胞の細胞質にスリガラス状封入体をつくり、groundglass hepatocyteと称される。ただし、感染粒子の主要成分であるHBc抗原は核内封入体として観察される。サイトメガロウイルス感染細胞では、核内封入体とともに細胞質内封入体を伴う。

 一方、封入体はすべてのウイルス感染細胞にみられるわけではない。エンテロウイルス、インフルエンザウイルス、日本脳炎ウイルス、風疹ウイルス、C型肝炎ウイルス、レトロウイルス(HTLV1やHIV)など、RNAウイルスの多くは封入体を形成しない。黄熱病の肝細胞にみられるCouncilman小体はアポトーシスを反映している。ヘルペスウイルス属では、EBウイルス、ヒトヘルペスウイルス(HHV)6〜8では核内封入体がみられない。ヒトパピローマウイルスでは、皮膚や外陰部のイボには核内封入体が観察されるが、腫瘍原性を示すHPV16型や18型の感染病変(子宮頚部異形成や子宮頚癌)では封入体は認められない。腫瘍ウイルスでは、感染細胞のゲノムにウイルスDNAがintegrateされて初めて腫瘍原性を発揮するため、成熟したウイルス粒子を複製しないことによる。EBウイルスやHHV8も腫瘍原性ウイルスとして知られている。レトロウイルスもウイルスゲノムがDNAに逆転写されて腫瘍原性を発揮する。核内にウイルスゲノムが入り込まないのに腫瘍原性を発揮する例外はC型肝炎ウイルスである。その腫瘍化の機序は現在、いまだ十分に明らかにされていない。

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