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Helicobacter pylori 感染症の病理

堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.


はじめに
 Helicobacter pylori (HP)は、WarrenとMarshallによって16年前に再発見されたグラム陰性らせん状杆菌であり、1)  強力なウレアーゼ活性でアンモニアを産生しつつ胃被覆上皮表面の粘液ゲル層内に生息する。2)  HP持続感染は、慢性活動性胃炎、過形成性ポリープ、消化性潰瘍のみならず、胃癌・胃MALTリンパ腫発生との関連性が示唆されている。3,4)
 本稿では、HP持続感染を示す胃粘膜の形態学的特徴について総説する。

1.組織切片におけるHPの検出法
 胃粘膜におけるHP感染を証明するには、尿素呼気試験や血清HP抗体価測定といった臨床検査とともに、生検組織を用いるウレアーゼ試験、菌培養、捺印細胞診、PCR(polymerase chain reaction)法が知られている。5) ここでは、パラフィン包埋切片による組織学的証明法について述べる。6)  @→Cに向って特異性は高くなるものの、手間やコストは増加する。

@ HE染色:HPはヘマトキシリンで淡紫色に染色されるため、HE染色で同定可能である。HE染色によるHPの同定のしやすさは、ヘマトキシリン液の質や染色時間に依存するため、施設間のばらつきが大きい。ヘマトキシリン液を一週間以上熟成させること、マイヤーのヘマトキシリン液(1.5倍〜2倍濃度)による染色時間を通常の2倍に延長することがコツである。後者の目的に、特定の色のついたパラフィンブロックおよびプレパラートを使用すると便利である(この工夫によって、染色時間の異なる胃生検標本が他の生検材料と簡便に識別される)。3倍濃度のマイヤーヘマトキシリン液の使用も有効である。なお、症例(菌の生育条件)によりHPのヘマトキシリン染色性に差がみられる点もぜひ知っておきたい。6)

A ギムザ染色およびヒメネス染色:パラフィン切片に適した May-Giemsa染色は、HP同定のための簡便な特殊染色(染色時間は約2時間)として利用される。HPは青紫色に染色される。われわれは、胃生検組織にHE染色とギムザ染色を行うことはせず、@に述べたようなHE染色の工夫をしている。ただし、除菌効果の判定に答えるためには、ギムザ染色の明瞭さは捨てがたい。ヒメネスGimenez染色は、細胞内にリケッチアやレジオネラを証明するための簡便な染色法で(染色時間5分以内)、生検組織に応用するとHPが石炭酸フクシンで赤色に染色される。岩木らや大場らは背景との識別が容易な変法を工夫している。7,8)

B 鍍銀染色:スピロヘータの組織化学的証明法として開発されたWarthin-Starry染色(AFIP 変法)はTreponema に近縁なHPを黒色〜黒褐色に染色する。HE染色の重染色、その他の変法が開発されている。
6)

C 酵素抗体法:抗HP特異抗体を利用する酵素抗体法は高感度かつ特異性の高いHP証明法である。Dako社から家兎抗血清が、Bioproducts for Science社やNovo-castra社からマウスモノクローナル抗体が市販されている。前処置としてトリプシン処理を行うと感度があがる。カルノア固定切片を用いる場合は、ホルマリンで切片を再固定してから蛋白分解酵素処理を加えるとよい。9)  好中球や大食細胞に貪食された菌体成分は、本法によって初めて証明可能となる。
  なお、HP-DNAの存在を証明するための非放射性in situ hybridization法用キットがKreatech Diagnostics社から入手できる。10)

2.胃粘膜表層のらせん菌はすなわちHPか
 実務上の答えは"yes"である。潰瘍底壊死組織に感染するグラム陽性長桿菌(乳酸桿菌あるいはスピロヘータ属)やカンジダを除けば、従来、細菌類は高酸度の胃内腔で増殖できないと信じられてきた。HPの発見以来、ウレアーゼ産生性らせん菌が動物の胃から発見された。ネコやイヌに慢性胃炎や消化性潰瘍をつくるH.felisGastrospirillum hominis (H. heilmanni)による感染がヒト胃粘膜にまれに認められるが、これらはHPよりかなり大型で、スピロヘータ様に8〜10個のつよいうねりがあるため、形態的に容易に識別される。11,12)また、強い炎症所見を伴わないことが多い点も特徴である。

 HPの生育条件が悪い場合には、球菌状形態coccoid formを呈しうることも知っておきたい。coccoid formで糞便中に排泄されたHPによる糞口感染がHPのおもな感染経路として提唱されている。13)

3.HP感染胃粘膜の組織所見
HP感染の記述は、胃生検標本の病理診断における重要ポイントの一つになっている。鏡検の際、低倍率でHP感染を予測することが大切である。HP感染胃粘膜の組織学的特徴は以下の4点にまとめられる。6,12)

@ 高度の炎症性細胞浸潤を認める。ことに、好中球浸潤がめだつ。
A 被覆上皮に再生性変化(粘液量の減少ないしtufty surface change)あるいは過形成性変化を認める。炎症所見が軽い場合でも、上皮の再生所見が明らかな場合は高倍率の顕微鏡観察を追加したい。
B リンパ濾胞形成を認める。
C 腸上皮化生巣にはHP感染は決して観察されない。ただし、吸収型円柱上皮の出現を欠く杯細胞化生ではHP感染陽性の場合がある。

 信州大の太田らは、HP感染と表層粘液ゲル層の関係を観察し、次の成績を得ている。9) 胃生検材料をカルノア液(エタノール:クロロホルム:氷酢酸=6:3:1)で数時間室温固定すると、表層粘液ゲルがよく保存されてHP が証明されやすくなる。ホルマリン液(4%ホルムアルデヒド水溶液)では表層粘液ゲルの固定が不十分となり、水溶性の高い粘液層の流失とともにHPが失われてしまう(糖鎖はホルムアルデヒドに反応しない)。ただし、カルノア固定切片のHE染色は好酸性(エオジン好性)に傾きやすく、ヘマトキシリン染色性の悪い点が欠点といえる。

 潰瘍辺縁部粘膜の未熟再生上皮の表層粘液ゲル層内にはHP感染が観察されにくい傾向がある。9) このことは、HPの持続感染率が著しく高いとされている消化性潰瘍・びらん性胃炎や急性HP感染症である急性胃粘膜病変(AGML)の胃生検組織内にHP菌体を見いだす頻度が意外に低い経験的事実をよく説明する。

 いっぽう、切除胃にHP感染を見いだそうとすると、生検材料に比して陽性率が低い。病変の肉眼観察過程における表層粘液ゲル層の物理的破壊、手術切除操作中の阻血・切開による胃液除去と空気暴露・温度低下といった諸要因により、菌が死滅してしまうことがおもな理由である。

4.HP感染と腸上皮化生
 われわれは「免疫学的適応現象としての腸上皮化生」の考え方を提唱してきた。腸上皮化生を胃粘膜の"(退行性)病変"とみなす代わりに、感染防御能が活性化された腸型粘膜への積極的な変身と捉える立場である。腸上皮化生粘膜では、分泌型IgAを介する局所免疫機構が効率的に作動しており、非化生性胃炎粘膜で認められるリンパ濾胞形成を伴うIgG型炎症反応が消退する結果、炎症所見が著しく軽減する。14,15) 腸上皮化生粘膜にHP感染を認めない点、腸上皮化生は長期間持続する慢性萎縮性胃炎に続発する点、慢性萎縮性胃炎はHP感染によって生じる点を繋げて考えると、次のように仮説される。「胃粘膜における腸上皮化生ではHPに対する局所免疫反応が成立している。」言い換えれば、腸上皮化生とは、HP感染に対する胃粘膜防衛反応の形態所見として捉えられる。IgA分泌の必須要素である吸収上皮細胞を欠く杯細胞化生にはHP感染が観察される点も納得できる。

 慢性萎縮性胃炎患者の胃液中にはHP特異的IgA型抗体が証明され、その産生・分泌は胃粘膜内のBリンパ球によることが、杉山らの研究によって示されている。16,17)

5.十二指腸粘膜における胃粘膜化生
 十二指腸潰瘍周囲の小腸粘膜は、再生に際してしばしば胃型被覆上皮(粘液円柱上皮)への化生性変化を示す。18) この胃粘膜化生gastric metaplasiaは潰瘍に対する修復反応およびhyperacidityに対する順応とみなされている。興味深いことに、十二指腸粘膜に出現した異所性胃型上皮表面では、正常小腸粘膜に決してみられないHP感染所見がしばしば観察され、慢性活動性十二指腸炎と呼べる組織所見を呈す。19)

6.胃黄色腫とRussell body gastritis
 胃黄色腫gastric xanthomaでは、粘膜固有層に泡沫状大食細胞が局所的に集簇するために、肉眼的な黄色斑が形成される。われわれは最近、胃黄色腫細胞の細胞質内にHP抗原を見いだした。20) 免疫電顕法では、陽性抗原の一部が貪食空胞内の桿菌に一致していた。黄色腫を有する胃粘膜では、被覆上皮の再生像がめだち、HP感染頻度が高く、腸上皮化生が少ない。つまり、胃黄色腫の成因にHP感染が関与していることが示唆される。IgA産生性形質細胞にRussell小体形成のめだつ"Russell body gastritis"においても、HP抗原を貪食する組織球の浸潤が観察される。21) これらの病態では、従来、組織侵入性を欠くとされていたHPが上皮下の組織球内に証明される点が注目される。

結語
 HP感染胃粘膜の組織像について概説した。今や、胃生検組織診断にHP感染を記述することは、病理診断医の使命の一つになっているといっても過言ではない。数多い胃生検のすべてに手間のかかる特殊染色を導入しようとする前に、HP観察に適したHE染色を工夫することの実務上の重要性を強調したい。臨床医の先生方には、HP感染の有無の記述が臨床の現場でどのように役立っているのかをぜひ病理医に還元し、遠慮のないディスカッションをしてほしい。なぜなら、HP感染胃の病理はもはや研究対象というよりも患者さんのための実践医学そのものに位置づけられるとみなされるからである。

参考文献
1)
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2)
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3)
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4)
Wotherspoon A, Ortiz-Hidalgo C, Diss T, et al. Helicobacter pylori-associated gastritis and primary B-cell gastric lymphoma. Lancet i: 1175-1176, 1991.
5)
Loffeld RL, Stobberringh E, Arends JW. A review of diagnostic techniques for Helicobacter pylori infection. Dig Dis 11: 173-180, 1993.
6)
鴨志田伸吾、佐藤嘉洋、堀貞明、他.胃生検組織における H. pylori の形態学的検出とその病理学的意義.病理と臨床 13: 1689-1698, 1995.
7)
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8)
大場祥、木下明雄、松熊晋、他.組織切片におけるHelicobacter pyloriの検出法に関する研究.ヒメネス染色変法.病理と臨床 16: 105-107, 1998.
9)
太田浩良、清水俊樹、松沢賢治、他. H. pylori と表層粘液ゲル層.病理と臨床 13: 1684-1688, 1995.
10)
堤寛.in situ hybridization法の感染症領域における展開.臨床検査 42: 969-977, 1998.
11) 鎌田武信、川野淳、辻普吾.消化管感染症.Helicobacter pylori.序論.最新医学 50: 969-971, 1995.
12) 平井周、桑原紀之. H. pylori 感染胃粘膜の病理組織診断と The Sydney System.病理と臨床 13: 1655-1663, 1995.
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