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医療廃棄物処理


 1990年11月には香川県豊島で大量の産業廃棄物の不法投棄が発覚し、社会問題化した。1996年9月、成田市郊外に30トンに及ぶ感染性医療廃棄物が不法投棄されており、それらの多くは東京の複数の有名病院からの廃棄物であった。1997年1月8日の朝日新聞京都版に、鳴き砂で有名な京都府の琴引浜に多数の注射器が流れ着き、一部は針つきだったことが報道された。

  1999年12月には栃木県の業者がフィリピンへ輸出した産業廃棄物の中に医療廃棄物が混入していた。2002年5月には青森・岩手県境の27ヘクタールの原野に、大量の廃プラスチック、廃油類に加えて、関東一円の多くの医療機関から排出された医療廃棄物が不法投棄されているのが発覚している。いっぽう、通信販売のカタログには、胎盤エキス入りエステが堂々と宣伝されている。医療廃棄物処理に関してこうしたいかがわしい事例があとをたたない。医療機関は廃棄物の適正処理に管理責任があるにもかかわらず、なぜこのような事態が生じるのだろうか。


1. 医療廃棄物処理システムの整備に関する提言
2. 医療廃棄物(在宅医療廃棄物を含む)の適正処理へ向けて(私見)
3. 問題提起:
   医療ごみの取扱いにユニバーサル・プレコーションの考え方を持ち込むべきか?



医療廃棄物処理システムの整備に関する提言

堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.

 医療廃棄物処理にまつわるわが国の法律やシステムの矛盾や不合理性を指摘し、読者諸氏のご批判を仰ぎたい。筆者の問題提起をまとめると、以下の4つに類型化される。

1)医療廃棄物の減量・再利用は可能か
a)
使い捨て万能主義は時代にそぐわない:ディスポが正義とは限らない!
b)
感染性と非感染性の廃棄物をきちんと仕分けしよう。
c)
消毒剤、抗生剤、抗がん剤の使いすぎを是正しよう。
d)
非感染性廃棄物はリサイクルのシステムを構築できないか。
〜プラスチック類・紙類の固形燃料化=RDF (refuse-derived fuel)化〜
e)
有機溶媒(アルコール、キシレンなど)はリユースが可能である。
f)
ホルマリンの中和処理をさぐる。
g)
小学校教育から、グリーン調達・ゼロエミッションの考え方を浸透させよう。

2)医療廃棄物をめぐる法的・行政上の問題点
a)
一般廃棄物と産業廃棄物にわけることの意義が不明確で、デメリットが大きい。
〜産業廃棄物に排出者責任を求めることが不適正処理の根源ではないか。〜
〜ゴミは社会が、自治体が主導権を握って適正処理を率先すべきである。〜
b)
適正処理に金がかかるにもかかわらず、病院に収入源がない(もちだし一方)。
〜診療報酬制度の中に廃棄物処理のための資金源を求められないか。〜
c)
感染性一般廃棄物(臓器・組織)と感染性産業廃棄物の区分が混乱をよぶ。
d)
ヒトの臓器・胎盤(現在は感染性一般廃棄物)を廃棄物扱いしてよいか。
〜そもそも臓器の所有権が不明確〜
e)
在宅ケア、薬局、学校や企業の医務室からでた医療系廃棄物は一般ゴミでいいのか。
〜とくに、在宅医療による廃棄物の扱いを明確にすべきである。〜
f)
B型肝炎予防接種を義務化し、医療施設、業者などに補助金を出せないか。

3)感染性廃棄物の定義は今のままでよいか
a)
ドイツでは、環境から感染のおそれのある病原体が付着した、あるいはその恐れのある廃棄物(クラスC)のみを狭義の「感染性廃棄物」と称している。つまり、ドイツでは"感染性廃棄物のでない医療施設"が多いとされている。クラスC廃棄物とは、高度の伝染力を有する病原体(ペスト、コレラ、赤痢、結核、プリオンなど)に汚染されたものに限る。
〜ドイツでは、これ以外の病原体が付着していても(クラスBの場合)、消毒してはいけない。つまり、環境への優しさの方が優先される。〜
b)
院内感染防止対策の原則:ユニバーサルプレコーションを廃棄物処理の考え方にもち込むべきではない。血液や屎尿がすべて危険だとしたら、一般家庭(エイズや肝炎ウイルスのキャリアがいる)からの血液や屎尿も危険だということになる。
c)
   紙おむつは感染性廃棄物としてとり扱わなくてよい。

4)廃棄物処理のための資格づくり
a)
廃棄物の収集運搬・処理業者の認可基準の標準化と厳格化を
b)
廃棄物処理の専門家を育てる教育機関(学部、専門学校)の設置を
c)
現在、廃棄物の収集運搬・処理業者の認定は企業単位だが、これは不十分である。廃棄物を取り扱うひとりひとりに資格を与えるシステムづくりが必要である!


医療廃棄物(在宅医療廃棄物を含む)の適正処理へ向けて(私見)

東京都医療廃棄物適正処理推進協議会、副議長
藤田保健衛生大学医学部第一病理学、教授
堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.

 医療廃棄物の「適正処理」を推進するには、機器・器具の製造者、医療関係者、収集運搬業者、処分業者および行政の連携プレイが必要である。医療廃棄物の排出者である医療者には、排出者責任が問われる。廃棄物を引き渡した後も事故が起きないように、容器の表示、梱包に細心の注意を払わねばならない。廃棄物の発生源における「分別」の重要性は論を待たない。分別作業は、医療機関にとって手間と時間のかかり、目にみえにくい業務だけに、院内(安全)教育の意義が大きい。とかく「使い捨て万能主義」がまかり通りがちの病院にあって、「ゴミはなるべく出さない」ことを原点とする意識改革も必要である。

1.医療廃棄物処理に関する法的・制度的問題点
a) 医療廃棄物の定義
 医療廃棄物を排出する「医療関係機関等」とは、廃棄物処理法(廃掃法)上、病院、診療所(保健所、血液センターを含む)、衛生検査所、老人保健施設、助産所および試験研究機関(医学、歯学、薬学、獣医学関連に限る)と定義されている。企業や学校における医務室、薬局ははずされている。在宅医療の普及により、一般家庭からも紙おむつ、腹膜透析器具、点滴セット、インスリン自己注射用器具などの感染性廃棄物や抗生物質や抗癌剤などの余剰薬剤が排出されるが、法的にはこれらは医療廃棄物とはみなされず、一般廃棄物に分類されざるを得ない。しかし、自治体はこれら医療系廃棄物を一般廃棄物として回収してくれるとは限らない。また、廃棄物の収集・運搬の認可を得ていない薬局や病院がこれら廃棄物を収集することも、公式には「認可」されていない。

b) 感染性廃棄物の定義
 感染性を有するあるいはその可能性のある医療廃棄物は、廃棄物処理法に基づいて「感染性廃棄物」と称され、特別管理一般廃棄物と特別管理産業廃棄物に分けられる。法的には、血液の付着した紙類は感染性(特別管理)一般廃棄物に分類されるが、現実的には、これらが院内で血液の付着した手袋(感染性産業廃棄物)と区別されて取り扱われることはないし、その必要もない。いいかえれば、感染性一般廃棄物とは、事実上、臓器・組織および動物死体をさすと考えてかまわない。

c) 一般廃棄物と産業廃棄物の区分の問題
 一般廃棄物は市町村単位で処理される(行政責任)のに対して、産業廃棄物は排出事業者が自らの責任(排出者責任)で処理すると、廃棄物処理法に規定されている。国際的にみると、廃棄物処理は国や地域が責任をもって処理すべき環境・エネルギー問題であり、「排出者」の良心に任せる制度を有している国はきわめて例外的である(企業などの排出者が適切な分別をすれば、比較的安い料金で自治体が責任をもった処理をする「公共関与」が世界の標準である)。廃棄物は地域ぐるみで有効利用すべき「資源」とみなすべきである。廃棄物の定義・区分(一般廃棄物、産業廃棄物)は見直されるべき時期にきている。

 医療機関は、廃棄物処理に関して、収集運搬業者、中間処理業者および最終処分業者と直接委託契約を結ばねばならない。廃棄物処理を担当する収集運搬業者および処分業者は都道府県知事ないし政令指定都市の首長が認可する。この認可の基準が、過去の実績が重視されるため、必ずしも適切な業者ばかりが認可されているとは限らないのが現状である。業者のよしあしをチェックする行政側の機能が基本的に欠落している点に問題がある。医療機関からみると、どの業者が優良なのかに関する情報が入手しがたい。こうしたことが、公的病院における「入札」制度と結びついて、「安かろう、悪かろう」の結果につながっているといえる。

 産業廃棄物の適正処理推進を目的として設立された(社)全国産業廃棄物連合会の医療廃棄物部会では、1994年に「感染性廃棄物収集運搬自主基準」、「感染性廃棄物焼却自主基準」および自己チェックリストを作成し、さらに廃棄物の不法投棄や収集運搬職員の針刺し事故防止をめざして、「適正処理推進プログラム Advanced Disposal Promotion Program (ADPP)」を推進している。ADPP では、自主基準に基づく処理を推進し処理の質を公開することによって、適正処理の普及と優良処理業者の育成を図ることを目的としている。排出者責任のある医療関係機関は、このような業界側の自主的な活動をよく理解して、入札資格にADPP参加を義務づけるなど廃棄物処理業界との連係プレイが求められる。

d) 不法投棄のからくり
 廃棄物処理法では、やむなき事情(焼却炉のオーバーホールや専門担当者の病欠など)がある場合に限った例外規定として、認可業者が他の認可業者に処理の下請け、つまり「再委託」を認めている。この規定が準用されて、不適切業者の間でのゴミの"たらい回し"が横行している。知らぬ間に、病院の廃棄物が不法投棄されている「悪の構図」のキーポイントがこうしてできあがる。理屈をつければ、法的に「合法」である点はタチが悪い。マニフェストをきちんとチェックする機構が機能していないことも大きな問題点である。2000年6月の「廃棄物処理法」改訂により、排出者責任が強化され、中間処理から先の最終処分の終了までを確認する義務が排出事業者に課せられ、2003年6月にははじめて、不法投棄の排出者責任を問われる行政処分が排出企業に対して執行された。

e) 紙おむつをめぐる"不適切処理"の現場から
 高齢化社会では、小児用のみならず大人用の紙おむつが大量に使用される。ずっしりと重い使用済みの紙おむつは、医療施設から出る場合は感染性廃棄物としてとり扱われることが多い一方、家庭から出れば一般廃棄物である。量的に多い医療機関の紙おむつ処理は引き受けない市町村が多いのが実状である。そもそも、紙おむつは本当に感染性廃棄物として処理されるべきだろうか。女性の生理用品に関しても、入院患者が使用した場合だけが感染性廃棄物でよいのか。肝炎ウイルスやエイズウイルスの健康保因者は決して少なくない。当然、家庭からも感染の可能性のある廃棄物が混じる。こうした感染危険度の低い廃棄物は一般廃棄物と同じ取り扱いでよい、というのがドイツで実践されている考え方で、実務的かつ合理的である。

 1999年9月11日づけ産経新聞栃木版に、宇都宮市の「メッド・トラスト」という収集運搬業者の「医療ゴミ不法処理」(の疑い)がとりあげられた。トラスト社は、感染性廃棄物として引き受けた宇都宮市内にある特別養護老人ホームからの紙おむつを、市内の焼却炉に一般廃棄物としてもちこんでいた。一般廃棄物と医療廃棄物の処理単価の違いに目をつけ、差額を荒稼ぎしていた。業者の言。「紙おむつの扱いは市町村によって考え方が異なる。他にもやっている業者はいる」厚生労働省は、医療機関からの紙おむつを事業系一般廃棄物として取り扱うよう通達したが、市町村によっては一般廃棄物としての処理が行えないのが実状である。紙おむつが感染性廃棄物(特別管理産業廃棄物)かどうかを決定するのは、現場の医師の判断にまかされている。業者が「医師の許可を得て、一般廃棄物として処理した」とすれば、違法性を問われるのは、他県の病院からの紙おむつを、契約している特養ホームのおむつとみせかけて中間処理場にもちこんだ点にすぎない。この点についても、宇都宮市や栃木県警が「調査したが、他県からもちこまれた事実は明確ではない」と判断すれば、すべて合法である。

 医療機関からの紙おむつは事業系廃棄物であり、上述したように、一般廃棄物と産業廃棄物の両面性を有している。市町村の焼却施設の処理能力次第で、「あわせ産廃」処理が行われている。感染性廃棄物を含めた特別管理産業廃棄物についてもこの「あわせ産廃」は適用されるため、市町村による温度差(差別化)が生じうる。収集運搬業者が感染性廃棄物としてひきうけ、それを非感染性として、「あわせ産廃」処理が可能な市町村の焼却施設に搬入することは日常的らしい。この間に医師の判断(感染性か否か)が介在することは皆無に近い。

 紙おむつは、医療機関の「感染性廃棄物」の約半量を占めるとされる。平成3年に7億4千万枚、4万9千トンだった紙おむつは、高齢化社会と介護保険制度の到来により、平成10年には枚数で3倍、重量でも2.3倍にまで増加している。

f) 「医療廃棄物処理法」制定の必要性
 以上のような不合理性は、建築廃材、工場廃液、上下水道の汚泥や家庭ゴミを念頭につくられた「廃棄物処理法」の中に、著しく性質の異なる(感染性があり、リサイクルをしにくい)上に排出量が極端に少ない医療廃棄物(全産業廃棄物の0.1%以下)が「付録」のように規定されているための弊害といっても過言ではない。また、圧倒的に建築廃材や工場廃液の量が多い廃棄物に対する監督省庁が厚生省であった点にも矛盾があった。省庁再編により、2001年より環境省に廃棄物処理の管理がすべて移管されたが、環境省のなかには医療廃棄物専任の担当官が少ないのが現状のようだ。

 以下の具体例に示すように、「合法必ずしも適正ならず」といった側面が少なからぬ現行法は"不満足度"、"不合理度"が高すぎる。医療廃棄物処理に特化した「医療廃棄物処理法」の制定がつよく望まれる。

2.問題解決へ向けて
a) 感染性廃棄物の分別、梱包、表示の徹底
 感染性廃棄物は、きちんと分別、保管、梱包、表示されていれば、運搬・処理に際して感染性の危険に対する過剰反応は無用である。確かに、病院からはさまざまな病原体の混入・付着した廃棄物が排出されるため、「ユニバーサルプレコーション」(すべての血液・体液は感染の危険があるという前提で対処する)の考え方のもとで取り扱うことが大原則ではある。しかし、たとえば MRSA の付着した廃棄物はおそれるに足りない。多くの病原体は乾燥状態が長く続くと死滅することも知っておくべきである。C型肝炎ウイルスやエイズウイルスなどの RNA ウイルスが廃棄物の中で長期間生物活性を保っていることは考えにくい。乾燥に強い結核菌など、空気感染のおそれのある病原体の混入・付着した廃棄物を取り扱う際で、エアロゾルを吸入する可能性がある場合に限って、濾過効率の高いマスク(N95微粒子用マスク)を着用したい。十分な換気も求められる。

b) 医療廃棄物取り扱い者の健康管理:B型肝炎ウイルス接種
 感染性医療廃棄物の収集運搬・処理の過程でもっとも問題となるのは針刺し事故である。したがって、取り扱い者全員に対するB型肝炎ウイルスワクチンの予防接種、すべての事故を報告するシステムづくり、事故直後の適切な医学的処置のための取り扱い業者と医療機関の間の契約と迅速な処置の実行が肝要である。こうした感染リスクに応じた対策・指導が、取り扱い者の健康、医療経済、そして地域環境への優しさにつながることを再認識したい。

c) 適正処理のための費用
 廃棄物処理には金がかかるにもかかわらず、医療機関が適正処理に要する費用を捻出するべき経済的基盤が整っていない。診療や検査をすれば廃棄物がでるのは当然なのだから、国や地方自治体ないし健康保険制度が経済的支えとなるべきである。MRSA院内感染対策の普及に保険点数化が有効であったように、診療報酬の一部を廃棄物処理に割り当てるような新たなシステムづくりが望ましい。そのためにも、上に述べたように、廃棄物処理法から完全に独立した「医療廃棄物処理法」の制定がつよく望まれる。

  在宅医療廃棄物処理の費用については、現在、市民への経済的負担はないが、この点も、診療報酬制度の中で解決すべきだろう。受益者(患者)負担にする選択肢もあり得るが、可能な限り、避ける方向性が望ましい。

d) 廃棄物処理士の資格認定の必要性
 現在、処理業者は企業単位で認可されている。実際に現場で廃棄物を取り扱う職員個人は無資格であり、有効な教育・訓練を受けているとは必ずしも言えない状況にある。適正処理を推進するために、廃棄物処理の専門家を育て、資格認定する必要がある。つまり、職員一人ひとりに取り扱い扱い免許を求めるシステムづくりが理想だろう。わが国に廃棄物処理を専門とする大学の学部・学科が存在しないことが、専門家づくりの障害になっている。医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師などの医療関係者の国家資格を問う国家試験に廃棄物問題に関する出題がほとんどないのも現実である。

e) 啓蒙活動、安全教育の必要性
 廃棄物の適正処理に関して医療関係者の関心は低く、「安全教育」が広く浸透しているとは言いがたいのが現状である。環境に優しい医療行為を推進するために、廃棄物問題の4R(refuse拒否、reduction減量、reuseリユース、recycleリサイクル)を忘れてはならない。排出者、処理業者、行政の協調により新しい医療廃棄物適正処理システムを構築して行くためには、医療関係者の問題意識の高揚のみならず、一般市民を交えた幅広いディスカッションが、いま求められている。そのためには、廃棄物問題の4Rに関する小学校からの息の長い、粘りづよい教育・啓蒙活動が必要となるだろう。

参考文献
1)
厚生省生活衛生局水道環境部産業廃棄物対策室(監修).廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル、改訂V版、1993.
2)
日本環境感染学会(編).病院感染防止指針、第2版、南山堂、東京、1995.
3)
堤 寛.病理業務における廃棄物処理とバイオハザード:その現状と対策.医療廃棄物研究 1995; 7: 35-44.
4)
堤 寛.入札.医学のあゆみ 1997; 181: 509-510.
5)
堤 寛.病院内における安全対策と安全教育.医療廃棄物研究 1997; 9: 93-105.
6)
串田一樹、谷古宇秀(編).薬剤師が行う医療廃棄物の適正処理、薬業時報社、東京、1997
7)
「医療の安全に関する研究会」安全教育分科会(編).ユニバーサルプレコーション実践マニュアル.新しい感染予防対策。南江堂、東京、1998.
8)
渡辺昇.紙おむつの処理はどうなる.ウェイスト・リサーチ 1999; 99-11: 6-9.
9)
松島肇、伊藤機一(編).医療廃棄物の適正処理マニュアル.感染性廃棄物を中心に.臨床病理レビュー(特集112号)、2000.
10)
堤 寛.病院でもらう病気で死ぬな!現役医師が問う、日本の病院の非常識度.角川oneテーマ21(A-11).2001、8月刊.
11)
堤寛.病理検査、病理解剖における感染対策.エビデンスに基づいた感染制御(小林寛伊、吉倉廣、荒川宣親、編)、メヂカルフレンド社、東京、2002、pp. 149-167.
12)
堤寛.医療廃棄物と倫理的問題.MR継続教育用テキストU、倫理.エルセビア・サイエンス、東京、2002、pp.234-242.
13)
堤寛.医療廃棄物処理システムの整備に関する提言.訪問看護と介護 2002; 7(3): 212-219.


問題提起:
医療ごみの取扱いにユニバーサル・プレコーションの考え方を持ち込むべきか?

藤田保健衛生大学医学部第一病理学
「安全教育」分科会担当理事
堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.

 ユニバーサル・プレコーションは、病原体検査の有無にかかわらず、すべての体液、血液、滲出液に感染性があるとみなして取り扱う院内感染対策の基本的な考え方である。すべての患者や医療者が病原体キャリアであると考えると言いかえてもよい。その実践を通じて、医療者を介する交差感染から患者さんを守り、医療者を予期せぬ感染症から守ることができる。無用な患者差別がなくなることも大きな利点となっている。

 一方、ごみ処理対策の基本は4つのRに代表される。すなわち、refuse(拒絶)、reduce(減量)、reuse(リユース)、recycle(リサイクル)である。ここでは地球環境への配慮が優先され、余分なゴミをださない、過剰な(環境に優しくない)処理はしないことが原則となる。医療ごみについてもその例外とはなりえない。まず、手袋、マスク、エプロンや紙類などが「使い捨て万能主義」の中で無駄に使われていないか見直し(拒絶、減量)、リユースできるものはないか、リサイクルのための分別はできているかをチェックする必要がある。たとえば、使用済みの点滴ラインを考えてみよう。まず翼状針を切り離し、エア針はボトルから抜いてsharps containerに廃棄する。その上で、点滴ボトル(非塩ビ製プラスチック)と点滴ライン(塩ビ製)はぜひ分別したい。プラスチックのリユースには塩ビ製品と非塩ビ製品の分別が必須だからである。なお、血液の逆流が残る場合は、液量調節部(クレンメ)より末梢部のラインを切り離して、感染性廃棄物として取り扱われる。

 日本の多くの医療施設では、強力な消毒剤であるグルタラールが多用される。救命救急室、肝炎病棟や歯科医院で使われたメスやはさみなどの器具は水洗ののちにこの液体で「一次消毒」される。処理する若い看護婦はつらい。揮発性アルデヒドの強烈な刺激臭によって鼻や目から液体が流れでる。身体的負荷のみならず、コストもばかにならない。最終的に下水に流れでる消毒剤が地球環境に優しかろうはずがない。欧米では、中央滅菌材料室に直接運ばれ、高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)される。

高齢化社会では、大人用の紙おむつが大量に使用される。ずっしりと重い使用済みの紙おむつが医療施設からでる場合は感染性廃棄物として取り扱われることが多い一方、家庭から出れば一般ごみだ。事実、病院の紙おむつの処理をひきうけてくれない市町村は多い。だから、高い料金を支払って感染性廃棄物業者に処理をまかせざるを得ない。そもそも、紙おむつは本当に感染性廃棄物なのだろうか。女性の生理用品に関しても、入院患者が使用した場合だけが感染性廃棄物でいいのか。

 体液、血液、滲出液が付着した医療ごみは、現行法規の下では、「感染性廃棄物」とみなされ、焼却処分を中心とする滅菌処理が求められている。しかし、環境に影響を与えるこうした処理が、本当にすべての感染性廃棄物に対して必要なのだろうか。医療ごみから感染が生じる可能性はどの程度なのか、実はきちんとしたデータはない。少なくとも、ごみの中でMRSAや肝炎ウイルスが増殖することはありえない。以下に、ドイツの考え方と実践を紹介したい。

 ドイツのガイドラインでは、医療ごみをA〜E群に分類する。A群は一般廃棄物、B・C群は病原体の付着した廃棄物、D群は有機溶剤などの化学物質、E群は血液(約100 ml以上)と臓器。B群は院内では感染性が問題になるが、環境中での危険度は低く、消毒せずに排出する。C群は環境へ出す前に消毒を要する伝染性病原体(コレラ菌、チフス菌、結核菌、エボラ出血熱ウイルス、プリオンなど)の付着した医療ごみで、ドイツにおける感染性廃棄物はこの群のみをさすといって差し支えない。B群に分類されるMRSAやセラチアが混入した排水は消毒する必要がないし、してはならない。たとえ排水中にエイズウイルスや肝炎ウイルスがいても、これらが環境から感染することはない(感染経路が成立しないし、病原体濃度が低すぎる)。だから、少量の血液は下水に流してかまわない。熱や消毒剤で環境に負荷をかけるのは罪なのだ。要するに、環境から感染が広がる恐れがある場合にのみ消毒する。それ以外は、リスクが低いとみなし、環境への配慮が優先されるのだ。ちなみに、D群ごみは当然リサイクル。E群の臓器は倫理的観点から焼却される。

 ドイツをはじめとする欧州の病院では、病棟からのごみは人の動きと交差しない独立したルートでごみ収集場まで運ばれ、ほぼ自動作業で処理・搬出される。当然、体液、血液の付着した固形ごみは容器内に完全に封じ込められている。そして、安全にシールされた病院のごみは、地方自治体が責任をもって処理してくれる。ごみ処理問題は地域で責任をもって処理する課題だから。さて、こうしたハード面の充実が望めず、産業廃棄物に分類される感染性廃棄物を自治体がなかなか処理してくれない日本の病院はいったいどうすべきだろうか。

 血液は感染性産業廃棄物、臓器は感染性一般廃棄物といった区分はまったく無意味だ。そもそも、廃棄物を自治体が処理の責任をもつ一般廃棄物と排出者に処理責任を押しつける産業廃棄物に分けること自体に問題がある(世界的には日本だけの希有なるシステム)。「廃棄物処理法」は、建築廃材、工場廃液、屎尿や下水汚泥の処理を中心につくられており、量的に圧倒的に少ない医療ごみは付加的に取り扱われているに過ぎない。独立した「医療廃棄物処理法」の制定をめざしたいと考えるのは筆者だけではない。

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