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スペイン北東部の町ログロ-ニョを訪れる


藤田保健衛生大学医学部第一病理学
堤  寛


国際リケッチア会議への参加
 2005年6月18〜21日、スペイン北東部ラ・リオハLa Rioja州の州都ログローニョLogronoで、第4回国際リケッチア会議が開催された。会場は、近代的な会議場Congress Palaceだった(写真1)。日本固有のリケッチア性紅斑熱である日本紅斑熱の発見者、馬原文彦夫妻と同行する形で、このユニークな国際会議に初参加した。日本紅斑熱を皮膚生検によって早期診断できる旨の発表を無事終え、帰路、スペイン南部の町グラナダGranadaに立ち寄って帰国した。オリーブと白い家casa blancaを満喫したあと、レンタカーを空港で返すときの気温41℃にはびっくり。
写真1
Congress Palaceの入口
 「ログローニョ」という町は日本ではほとんど知られていないように思われるので、写真入で紹介してみたい。

ログローニョへの空路

 往路、ログローニョへたどり着くのにえらく苦労した。ほんの数年前にできたばかりのログローニョ空港は1日に首都マドリードへ2便、バルセロナへ1便の往復しかないローカル空港である。6月17日の朝、中部国際空港を発ち、フランクフルト経由でマドリードへ到着したのが現地時間で午後6時前。そして、夜8時40分に離陸予定だったマドリード発ログローニョ行きの「最終便」が欠航した。荷物はなかなか出ないし、空港の窓口は不親切で、代行バスまで行き着くのに相当ヒヤヒヤした。3時間かかるといわれたバスの旅は結局4時間半ほどかかり、ログローニョのダウンタウン到着は夜中の2時ごろだった。いきなり、何の説明もなくバスから降ろされ、ホテルの位置さえおぼつかない。というわけで、とりあえずくたくたになってしまった。ちなみに、帰路のログローニョ・マドリード便は、無事運行された。やれやれ。

ログローニョの位置

 さて、ログローニョはどこか。スペイン北東部といっても、大西洋に面しているわけではない。エブロEbro川をはさんで、バスク地方の南にあたる。岩だらけの内陸乾燥地帯の真っ只中にあり、エブロ川に沿うブドウ畑に囲まれた古い町である(図1:スペインの地図)。スペインの17自治州のうちでも最も小さいラ・リオハ州の州都である。町の中心部のロータリーに近代的なモニュメントがあり、ログローニョの町が1095年に設立されたことが示されている(写真2)。旧市街(old town)に残るレンガ造りの町並みは900年前とあまり変わらないのかもしれない。
図1
スペインとラ・リオハ州
写真2
900周年モニュメント(1095〜1995)

サンティアゴ巡礼の道の歴史

 ログローニョをはじめとするスペイン北部の町々は、ローマ、エルサレムと並ぶキリスト教の3大聖地であるサンティアゴ巡礼の道Camino de Santiagoとともに成立、発展してきた。

 西暦813年、地の果て、スペイン、ガリシアGalicia地方(スペインの北西端)のサンティアゴ・デ・コンポステーラSantiago de Compostelaで、キリスト十二使徒の一人、聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の墓が発見された。聖ヤコブはスペイン北部で伝道活動を7年続けたあと、パレスチナで殉教した。彼の遺体は舟でガリシアに運ばれ、リブレドン山に埋葬されたと言い伝えられる。その後、スペイン北西部、ポルトガルの北に位置するサンティアゴの地はキリスト教の聖地とみなされ、ヨーロッパ各地からの巡礼が盛んになった。現在、聖ヤコブの日(7月25日)が日曜にあたる年に大祭が執り行われる。前回は2004年、次回は2010年、その次は2021年の予定である。

 ヨーロッパ中からサンティアゴへ向かう巡礼路は、フランスで4本に主要な道となり、ピレネー山脈で2本にまとまり、スペイン北東部の町、プエンテ・ラ・レイナで1本のフランスルートとなる(図2:サンティアゴ巡礼路)。スペイン北部山間を進む総延長800キロ余に及ぶ巡礼路が整備されたのは10〜11世紀ごろ。ログローニョの街づくりは巡礼路の整備と連動していた。現在、サンティアゴ巡礼の道(フランスルート)は世界遺産に登録されている。

ラ・リオハ州の州都としてのログローニョの町

 「地球の歩き方、スペイン'05〜'06」(ダイヤモンド社)には、ログローニョに関する記述はさびしい。列車やバスで旅する場合は乗り換え地となるところだが、「これといった見どころはない」と切り捨てられている。そのログローニョの町に滞在した筆者の印象は、いかにもスペインらしい古い町で、おそらく典型的なスペイン風の古都といえるだろう。ラ・リオハ州政府が発行する観光パンフレットや冊子をみる限り、「見どころがない」の記述は適切ではないだろう。
図2
図3

 ログローニョのあるラ・リオハ州は何といってもワインの産地として世界的に名高い(図3:ラ・リオハ州のパンフより)。事実、郊外にはブドウの木が延々と植えられ、北西郊外の町ブリオネスBrionesには堂々たるブドウ栽培博物館The Dinastia Vivanco Museum of the Culture of Wineがある(写真3〜5)。ぶどう酒を入れるガラス容器や樽、そしてコルクの作り方とその歴史を紹介するコーナーはなかなか印象的だった。なお、スペインのブドウの木はまっすぐ上に育ち、日本のように棚を組んで育てているわけではない。はじめ、お茶の木かと勘違いしてしまった。そのほかのラ・リオハ州の名産物として、アスパラガス、ピーマン、さくらんぼ、梨、子羊のロースト、パブリカ入り生ハムがあげられる。
写真3
ブリオネスのワイン博物館入口
写真4
ブドウの根の芸術作品
写真5
ワインの樽の山

 エブロ川に沿うログローニョの旧市街はたいへん狭い。東端のサンタ・マリア・デル・パラシオ教会Santa Maria del Palacio churchから西のレヴェリン城壁Revellin wallsまで、歩いて10分程度で、旧市街のみどころをすべて回っても1時間程度で見終わってしまう。歩いたのは暑い午後だったが、レンガ色の旧市街の町並みはスペインの町を深く印象づけてくれた。ログローニョ旧市街図を図4に、旧市街地の見どころを写真6〜14に示そう。それにしても、あのレンガ造りの建物たちは、地震があれば一発で崩壊してしまうだろう。日本では生き残れない光景だ。
図4
ログローニョ旧市街図

写真6
サンタ・マリア・ラ・レドンダ大聖堂
写真7
サンタ・マリア・ラ・レドンダ大聖堂
写真8
サン・アグスティン広場

写真9

レベリン城壁

写真10

旧議会

写真11
サンティアゴ教会

写真12
巡礼者の泉

写真13
サンタ・マリア・デル・パラシオ教会

写真14:
ログローニョ旧市街の路地と
サンタ・マリア・ラ・レドンダ大聖堂


 写真15〜21
は、ログローニョの町で撮ったその他のスナップ写真である。いやいや、なかなか美しい町並みでしょう!町の道路には、交差点の代わりにロータリーが多い。

写真15
グラン・ヴィア大通り
写真16
ログローニョ市内のロータリー
写真17:脳がない!
ロータリー横の池の中の彫刻
写真18
エブロ川に沿うノリエ通り
写真19
旧市街のカフェで注文したアイス&コーヒー

写真20
閑静なエブロ公園の朝

写真21
ラ・リオハ会議場裏の公園、カバくん

サンティアゴ巡礼の道の半日周遊
 無事発表の終わった日の午後、サンティアゴ巡礼の道をログローニョから西へ少しだけたどってみた(図5)。訪れたのは、@隣町ナヘラNajeraにあるサンタ・マリア・ラ・レアル修道院Santa Maria la Real Monastery、Aサン・ミヤン・デ・ラ・コゴーヤSan Millan de la Cogollaにあるユソ修道院Yuso Monastery、Bサント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダSanto Domingo de la Calzadaにあるサン・サルバドール大聖堂San Salvador Cathedralの3ヶ所である。写真22〜23は、ナヘラ郊外で目にとまった風景である。

図22
ナヘラ郊外の風景
写真23
ナヘラ郊外の風景

 ナヘラのサンタ・マリア・ラ・レアル修道院は、1052年にガルシア・サンチェスV世よって建造された(写真24)。同時に、当時海岸沿いだった巡礼路がナヘラを通るようになった。内部には、代々の王家の霊廟が置かれている。

図5
ラ・リオハ州内の巡礼の道
写真24
サンタ・マリア・ラ・レアル修道院

 世界遺産であるユソ修道院は1067年に完成した。現在の建物は16〜18世紀の間に再建された。サン・ミヤン・デ・ラ・コゴーヤの町は巡礼路からはずれているが、巡礼者はわざわざ迂回してこの地を訪れたそうである。聖堂には、多くの芸術的・歴史的宝物が保存されている(写真25〜31)

ユソ修道院 Yuso monastery
写真25:入口
サン・ミヤン・デ・ラ・コゴーヤ
写真26
外壁
写真27
回廊
写真28
中庭

写真29
教会内部
写真30
パイプオルガン
写真31
宝物展示室

 


 聖ドミンゴが眠るサン・サルバドール大聖堂(写真32)は、1158年に建設が開始された。入り口を入ると、生きた鶏のつがいが飼われているのに気づく。これは、以下のような伝説による。両親とともにサンティアゴへ巡礼する若い巡礼者が窃盗の汚名をきせられ死刑に処された。両親が帰路この町に立ち寄ると、聖ドミンゴが守ってくれた息子は生きていた。裁判官に無実を証明するために訴えたが、食事中だった裁判官は皿の上の鶏の丸焼きを指して言った「彼が生きているなど、この鶏が生きているようなものだ。」その途端、鶏は生き返り、高らかに鳴き声をあげた。


写真32
サン・サルバドル大聖堂

 サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダの名は、生涯この地で道を敷き、石橋を掛け、巡礼者にために救護院や宿泊施設を整えた11世紀の修道士ドミニクス(聖ドミンゴ)にちなんでいる。城壁や石畳の道(カルサダ)など、古い町並みが美しい(写真33〜35)

石畳の町、サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダ
写真33

写真34

写真35
石のアーチ

スペイン人気質
 初めてのスペインで驚いたことは、何といっても、夜中の1時に町の中でたくさんの人々が語り、歩き回っていることだった。レストランの道端の座席は人でいっぱいだった。若い女性たちも多かった。学会に参加したアメリカ人研究者たちも一様に驚いていた。ログローニョ、グラナダ、マドリードの3都市に共通しているので、スペインどこへ行っても同じなのだろう。学会は朝8時から始まるのだから、一体どうなっているのかとても不思議だった。おそらく、その秘訣は「昼寝」だろう。昼食タイムは1時半から。4時頃までは多くの店が閉まってしまう。町のレストランが再開するのは夜の9時から。学会のパーティーも公称9時始まり(事実上、10時近く)で、終了は1時近い。サマータイムのおかげで、10時頃まで明るいのだからリーズナブルなのだが―。スペイン人は元気だ。

 古きよきスペインの旅におつきあいいただき、どうもありがとうございました。


 
堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.
藤田保健衛生大学医学部第一病理学
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