「完全病理学各論」の刊行によせて

 本書「完全病理学各論」(全12巻、学際企画)は当初、1999年10月に医学教育出版社(東京)より刊行された、医学部6年生用の医師国家試験対策用アトラス「ゼッタイわかる病理写真の読み方」の改訂版として、加筆・執筆を始めた。改訂版の依頼があってから数えても、かれこれ3年が経過している。 国試対策用のアトラスのはずが、実際には低学年の病理学実習で使われたり、研修医に利用していただくなど、当初予想しなかったニーズがあることが実感されたことがきっかけだった。

  その後、2005年5月に医学教育出版社から「画像詳解 完全病理学総論」を出版し、難産の末、この凝りに凝った本書(各論)の刊行へとようやくたどり着いた。本書は、「画像詳解 完全病理学総論」と対をなす、今どき珍しい単著の教科書である。

 単著であるがゆえの短所は、必ずしも専門でない疾患を数多く取り扱ったため、記述に不正確な部分やup-to-dateでない内容があるやも知れぬ点である。気づいた点は可能な限り修正したが、それでも「完全」ではない。不適切な記述にお気づきの諸氏は、遠慮なくお知らせ願いたい。

   一部症例は他施設から借用させていただいたが、できるだけ自力で集めた症例(著者は自慢の標本コレクターのひとりである)にこだわって提示した。したがって、病理画像のある手持ち症例に限りがあり、提示画像が"なけなしの1枚"である場合がある。言い換えれば、教科書として質的に不十分な症例提示が混じていることが欠点として指摘される。どうかお許し願いたい。

 一方、本書の他の教科書にない特徴・売りもまた、単著であるがゆえである。副読本ないし疾患アトラスとして利用していただくのが適しているだろう。

@ 全領域の記述にバランスがとれており、重複記載が少ない。
A 多数のカラー病理画像を中心に据え、画像解説から疾患や病態を理解するように企画した(病理アトラスと教科書の中間的な性格をもたせた)。肝心な画像は、なるべくわかりやすく美しい、アーティスティックなものを選んだつもりである。

B 病理画像のシェーマをつけ加えることで、画像における個々の要素の読み取りが容易となり、病理画像の面白さを引き出すよう工夫されている。

C 病理画像や病理形態学の守備範囲にとどまらず、広くサイエンスや臨床医学に連携するように心がけ、病理学・病理診断学が臨床医学の要であることを示している。

D 多くのCOLUMN(エッセイ)を掲載することを通じて、関連事象に関して「楽しく」学んでもらうように配慮した(これは共著ではまず許されないだろう)。COLUMNはぜひ気楽に読んでほしい。「なるほど!」とつぶやいていただければ著者冥利に尽きる。

E common diseaseもrare diseaseも対等に取り扱う「症例提示」の形をとることを通じて、"症例に軽重の差はない"ことを信条として一貫した。言うまでもなく、個人の特定のできない症例提示、画像提示を徹底した。

F 一部の疾患・病態についてはパネル提示として、比較検討しやすいように配慮した。

G 重要疾患(element)を明示するとともに、PRINCIPALやSTEP UPを導入し、低学年の医学生から研修医、パラメディカル、若手病理医(trainee)から臨床医までの幅広い読者対象を意識して執筆・編集した。

H 通常の病理学教科書で取り扱われていない、あるいは重視されていない病態や画像(外傷、中毒、薬剤の副作用、病理技術、検査医学、血液学・細菌学の形態所見など)を可能な限り取りあげた。中には、患者さんとのコミュニケーションなしにはまず入手できない画像やCOLUMNがある点に気づいていただければ幸いである。

I 腫瘍の亜分類はきりがない(学生・研修医諸氏にとってそれほど重要でない)と判断して必要最小限とした結果、比較的に非腫瘍性疾患のバラエティーが豊富である。

J 著者の得意分野である感染症のバラエティーが特に豊富である。

K 病態の成立機序、病理画像所見の見方を"納得してもらう"ことを重点目標とした。

L 未だ定説となっていないものの、そう説明することによって病態の理解・納得が容易になると著者がつよく信じる場合、あえて断定的に解説を加えた。

M 数値、人名、疾患名などの記述は、可能なかぎり医師国家試験の出題基準に準じた。

N 各論を12分冊とすることで、分野別に興味のある人、とくに臨床医に多く読んでもらえることを意図した。全巻まとめ買いすると割安である点は本書の大きな特徴である。

 本書は、著者の30年間にわたる病理診断の経験の「すべて」を提示したといい切れる教科書である。もうこれ以上何も出ない、出せないため、抜け殻になった著者自身の身の今後がわれながら心配なくらいである。その意味で、本書は少なくとも著者にとっての「完全」病理学であるといえる。同時に、このように自らの経験の「すべて」を吐き出せる機会を得たことは、プロの病理医として、そして医学教育に携わる者の端くれとして、この上ない幸せと感じている。

 本書を学生・研修医・病理医・臨床医・パラメディカルの諸氏が有効活用してくれることを心より祈ってやまない。記述内容の「堤節」が気になる人がいれば、気楽に(笑って)読み飛ばしてほしい。いや、むしろ率直なご批判をいただきたい。感想や意見を下記までメールしていただければ幸いである。

 ちなみに、各論に提示された症例総数は815(うちパネルは32、element=重要症例は218)、正常パネルは総数20である。PRINCIPALは30編、STEP UPは107編、COLUMNは260編である。また、総論にはPRINCIPAL 7編、STEP UP 26編、COLUMN 43編が掲載されている。

 なお、本書「完全病理学各論」は総論と違う出版社から出版することとなった。途中まで編集作業を担当し、その編集データをすべてご提供いただくとともに、「完全病理学」の書名使用を承諾していただいた医学教育出版社、藤城茂生編集長に敬意を表するとともに、旧友である学際企画 社長、佐藤武雄氏の太っ腹の編集方針に深甚なる感謝の意を捧げたい。

2007年4月

藤田保健衛生大学医学部第一病理学
堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.
e-mail
: tsutsumi@fujita-hu.ac.jp

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