感染症病理アトラス

著者:堤 ェ、全 348 ページ、¥24,000、税別、文光堂
東京、2000年4月初版


解説

 感染症の病変に接したときの病理診断が"肉芽腫性炎症"では、腫瘍の診断に"上皮性 悪性腫瘍"とするのと何ら変わらない物足りなさがある。
 感染症の病理診断は次の2点を考えると、癌の病理診断と同等に重要である、と著者は信じている。

@ 正しい診断が患者の治療に直結する。
A 診断結果に「社会性」がある。新興感染症、レジオネラ肺炎、MRSA感染症、性行為感染症や多くの伝染性疾患では、正しく迅速な診断が社会秩序保持に一役買うことが少なくない。たとえば、梅毒やクラミジア症では迅速な病理診断が、本人の利益のみならず社会への STD 蔓延防止に役立つことは疑いない。患者が病院に通っている短い間に適切な病理診断を返すことが最大の目的である。

 免疫染色や分子病理学的手法の導入については、感染症の病理診断に向いた面が少なくない。病原体の抗原やゲノムはヒト組織には通常存在しないし、多くの場合、感染症病巣における病原体数(抗原密度やゲノムのコピー数)はきわめて多い。

 異種の核酸であるが ゆえに、mRNA の代わりにより安定で解析しやすい DNA を検索対象とすることが可能である。また、細菌やウイルスなどの病原体粒子構造は安定なため、通常のホルマリン固定パラフィン切片を利用した電顕観察が可能である。感染症回復期の患者血清中に含まれる特異抗体を、組織内病原体の同定に応用することも可能である。

 本書では、こうした感染症ならでは特徴を利用した病理診断のノウハウを可能な限り記述した。いうまでもなく、臨床所見・臨床情報や培養・血中抗体価といった検査成績が診断の基本である。病理診断に際しても、肉眼所見、HE染色における組織所見、Papanicolaou 染色や Giemsa 染色による細胞像の把握がもっとも大切である。免疫染色や in situ hybridization 法に走る前に、Gram 染色、PAS 染色、Grocott 染色といった古典的染色技法の有用性を忘れてはならない。

 実践型の病理医である著者が、実地に即した形で役立つ情報の記述に努めたのが本書の特徴であるし、ぜひそうありたいと切望している。本書が病理診断の現場で活用され、一人でも多くの病める患者を救うために、さらには社会のために広く役立つことを心より願うものである。

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